本編
【三章:秋探し】
秋のメインは学園祭だ。高校は学園祭の準備で忙しい。
私は特にどこの部活にも所属していないのでクラス展示だけの手伝いだからまだいいものの、高校エンジョイ勢のカナとかハルとかは部活もクラスも、と忙しそうだ。
「神山さん、ゴミ捨てておいて」
「神山さん、模造紙の清書お願い」
しわ寄せは天子に来る。要は雑用を全部押し付けられるのだ。
天子も断らず、曖昧な顔でそれを引き受けてしまうから、相手が図に乗るのだ。わかってない。
華奢な天子が沢山のゴミを運んでいるのを見ると、辛い。
「天子、手伝うよ」
「でも、陽菜」
天子は秋になった今でも、私が天子と話しているのを隠そうとする。
私までいじめられるのではと心配してくれている。
「大丈夫だから。行こう」
天子のゴミを半分、奪い取る。
天子は眉を下げ、申し訳無さそうな顔をして私の後ろをついてくる。途中、天子は小さな声で「ありがとう」と言った。
そんなことを繰り返すうちに、カナから怒ったように声をかけられた。
ちなみに、昼ごはんはもうカナたちとは一緒に食べていない。
ハルが「陽菜と一緒に食べるの嫌だな」と言ったので、私は一人で食べるようになった。
天子は不思議なことに昼休みの間、どこかに隠れているのか、姿が見えない。
「陽菜さぁ、わかってるの? 神山さんなんかと話してると『電波』になるよ?」
カナなりの思いやりのつもりなんだろう。
私が天子と疎遠になれば、また昼ごはんだって一緒に食べられるようになる。
カナとしてはそのほうが「幸せ」だと思っているんだと思う。
けれども、私は昼休み一人でご飯を食べることで、読書はできるし、昼寝はできるし、いいことづくめだった。
「別に構わないけど」
「よくないでしょ。昼ごはんだって一人で食べる羽目になってるし、全部神山さんのせいじゃない」
「それは、カナたちが天子のことをよく思っていないからでしょ。天子のせいじゃない」
カナは私の反論に絶句したようだった。私は言い切る。
「友達を誰にするかは私が決めるよ。カナも友達だけど、天子も友達だ」
「……陽菜なんて知らない」
カナはそう言い放つと私から離れていった。
以来、私はカナと口をきかなくなった。
私が話しかけようとするとすっとカナのほうから離れる。
そして、天子ほどではないけれども、周囲の女子が私を遠巻きにするようになった。これだから女子って嫌だ。
ただ、このことは天子に黙っていることにした。
天子に言ったら絶対に「私のせいだ」と言い出すに決まっている。
これは、私が天子を選んだ結果なんだから、胸を張りたい。
天子は気づいているみたいで、私が声をかけるたびに眉を落としていたけれども。
そんなわけで、私と天子は学園祭のクラス展示の地味な部分を引き受けていた。
ゴミ捨てや買い出し、文書の清書。原稿は、クラスの子が自慢げに書く。
今年は各クラスSDGsをテーマに掲げてて、どのクラスが一番よいものを発表できるかで争っていた。
手柄は、清書の字が読みやすいかどうかではなく、原稿を書いた子に入るのだ。
正直、学園祭なんてつまらないし、私たちには面倒なだけだった。
もうすぐ学園祭、というある日、私は隣のクラスの男子に呼び止められた。
去年同じクラスだった土屋くんだ。顔と名前は覚えているが、話した記憶はない。
「工藤さん、神山さんのことでちょっと」
そう言われたら、断ることなどできない。私たちは天子から隠れるように、廊下の隅で話すことにした。
「天子のことがどうしたの?」
「工藤さんは仲がいいから知ってるかと思って」
「何を?」
「神山さん、好きな人っているのかな」
ここに来て恋バナとは驚いた。確かに天子は可愛い。絶世の美少女だ。
天使と言う電波なところさえ除けば、憧れる男子がいてもおかしくはない。
「……聞いたことないや」
「聞いてもらえる? いなければ告白したいと思ってるから」
やるじゃん、土屋くん。とは思いつつも念のため質問する。
「女子からいじめられてることは知ってる?」
「知ってる。それでも健気な神山さんが可愛いと思ってる」
うん、これなら天子を任せても大丈夫そうだ。
何より、天子の味方がいるという事実は私の心を浮き立たせた。孤立しているわけじゃないんだ。
「今日の放課後にでも聞いてみる。待ってて」
「うん、よろしく」
土屋くんは照れくさそうな顔で頭を下げると走っていってしまった。さあ、任務重大だ。
放課後も私と天子だけ残って学園祭の準備をしていた。
天子は字がうまい。だから模造紙の清書を頼まれる。
私は字は得意ではないので、もっぱら見やすいようにレイアウトして貼る係だ。
「天子ってさー」
さりげなさを装って聞く。天子は手を止めずに「んー?」と言った。
「好きな人っているの?」
「陽菜」
「そうじゃなくて、男子。恋愛のこと」
「んー」
天子は顔をあげた。少し困ったように笑う。
「私、人間の男子には興味ないんだよねー」
「天使だから?」
「そうそう」
天子はうなずきながら、言った。
「だからいないし、恋人を作るつもりもないや。だって、別れるのはつらいし」
「別れるのが辛いなら別れなきゃいいじゃん」
「春には帰るんだってば」
天子はまた模造紙に字を清書し始めた。
「それにね、天使って守護している人間のことしか興味がないんだよ」
そう言われて、私はなんだか心配になった。天子が私にも興味がなかったらどうしよう。
「私のことも?」
「陽菜は特別。私は陽菜の守護天使だもの」
「えー、私、守られてるかなー?」
「中間テストの数学の点数が上がったのは誰のおかげですかー?」
私と天子は顔を見合わせて笑った。確かに、放課後天子と勉強をしたおかげだ。
けれども、そうなると春には帰る、という天子の言葉がずっしりとのしかかってくる。
天子といるのはこんなに楽しいのに、天子は春にはどこかへ行ってしまうのだ。
「天子、帰るのやめなよ」
「うーん、無理だなあ」
天子は伸びをして困ったように眉を落とした。
「このところ、呼ばれているような気がするの」
「何に」
「神様」
それは天子が天使だからだろうか。私はとても不安を覚えた。
土屋くんに事情を話すと彼は残念そうにため息をついた。
「そういう電波なところも可愛いんだけどなあ。そうかー」
「ごめんね」
「工藤さんに謝られることじゃないよ。聞いてくれてありがとう」
土屋くん、いい男だ。にっこり笑ってお礼まで言ってくれた。私は彼の優しさにひとつお願いをしてみる。
「天子、電波だから、クラスの女子によく思われてないの」
「知ってる」
「天子の味方でいてくれないかな」
「もちろん」
土屋くんは即答してくれた。
「ずっと味方でいるし、神山さんの気が変わるまで待ってるよ」
よかった。これで天子は一人じゃない。
私は息を吐く。なんとなく、私ひとりにかかっていた責任が少しだけ軽くなったような、そんな気がしていた。
学園祭の日が来た。
クラス展示の準備さえできてしまえば、私たちはお役御免だ。
カナやハルが「私たちが全部やりました」って顔でクラスにいるので、後のことは全部任せてしまえばいい。
他のクラスを周る気もないし、クラブ展示も興味がなく、私と天子は手持ち無沙汰で裏庭にいた。
学園祭の喧騒が遠く聞こえる。
裏庭の木の葉は色を変え、風が吹くたびはらはらと散っていた。もうすぐ冬が来る。
学園祭が終われば、今年もあっという間だ。
「秋だねえ」
天子も同じようなことを考えていたのか、ぼんやりとつぶやいた。
「落ち葉ってどんな気分で落ちるのかな」
天子らしい言葉に、私は唸る。考えたこともなかった。
「落ちたら痛いかなー、とか?」
「陽菜のそういう発想大好き」
天子は笑って私を褒めるが、褒められた気がしない。
「だって、散ってしまったらおしまいじゃん。やっぱり散らずにしがみついていたいんじゃないかなって」
天子の視線は植物にも優しい。私は考えて言う。
「でも、散らないと春に新芽がでないんだよ?」
「あー、そうか……」
天子は小さなため息をついた。
「次の世代に託してるのかなあ」
「でも、託すとしても未練は残りそうだよね」
「うん、私もそう思った。せめて綺麗に散りたいんじゃないかな」
天子はそう言うと木を見上げた。風が吹く。また落ち葉が舞う。
たぶん、また不思議なことが起こる。私はもう驚かない。
だって、天子といるから。天使の天子と一緒だから。
私の予感は当たった。
舞い散る落ち葉がくるくると踊る。
赤や黄色の落ち葉色だけじゃない、若葉の頃の薄い緑から、夏の頃の濃い緑、そして緑から赤や黄色へ変わっていく、その色の変化を楽しむように色が変わりながらくるくる、くるくる。
春の桜のときも、夏の噴水も、そうだった。
天子は季節を大事にして綺麗に見せてくれる。それはきっと、天子にしかできない「魔法」。私しか知らない天使の魔法。
落ち葉は楽しそうに踊り、そして次に吹いた風で全部下に落ちた。魔法の時間はあっという間に終わってしまったのだ。
「天子」
私が天子に声をかけると、木を見上げていた天子はゆっくりと振り返った。
「なに?」
「天子は、本当に天使なの?」
私が聞くと、天子は楽しそうに笑った。
「内緒」
てっきり、「うん」と頷くと思っていたから、私は驚いてしまう。
こんな魔法のように綺麗な景色を見せてくれる天子が普通の人とは思えない。
それとも、私が天子を天使と思いたいだけなんだろうか。
私は考え込んだ。答えはでなかった。
学園祭もあっという間に終わり、案の定、片付けは私と天子に押し付けられた。
あんなに沢山書いた模造紙は全部ゴミ。
借りてきたものや、買ってきたものなどの整理、学園祭の予算と決算。
私と天子が学園祭の片付けをやっている間に、皆はさっさと期末テストの準備に入っていた。
放課後、遅くまで残って私は予算あわせをし、天子は借用書の確認をする。
教室には私と天子の二人しかいない。
こうなることは予想してはいたが、やっぱり、みんな薄情だなあと思う。
クラスの男子が重いものは運んでくれたが――これは土屋くんと話した後からなので、
土屋くんが何か言ってくれたんだろうと思う――細かいことは私と天子の仕事だ。
天子が大きな息を吐く。疲れたような息だ。
「天子、休もうか」
「ん、大丈夫。もう少しだから」
天子の肌は色白を通り越して青白くなっていた。さすがにこれはまずい。みんな、天子に押し付け過ぎだ。
「あとはやっておくよ。天子、保健室行こう」
「保健室、嫌い」
「嫌いでも少し横になってから帰ったほうがいいよ」
私は天子の手を引いた。軽くだ。
天子は、本当に天使のように軽かった。ふわっと軽い体が私に寄りかかり、力が抜けたのがわかった。
「天子!?」
「大丈夫、だから。ちょっと休めば」
「だから、保健室に」
「保健室は嫌い。いや。ねえ、陽菜」
天子は泣きそうな声で言う。
「私、春で帰りたくない。陽菜と一緒にいたい」
「天子」
ずるすると天子の力が抜ける。気を失っても、天子は軽いままだった。
「天子!」
そのとき、わかってしまったのだ。
天子は、天使なんかじゃない。
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