本編
【第二章:二】
「来ないわねぇ……」
前回と同じ待ち合わせ場所である駅前広場、小脇にどら焼きの菓子箱を抱えたキャンディがそう言った。
「ログインの形跡もなし」
スウは相変わらずボーイッシュな装い。大きな丸眼鏡のレンズには、携帯の画面がきらりと反射している。
既に顔見知りのギルド仲間達とは難なく落ち合えたわけであるが、言い出しっぺのユースケがいつになっても現れない。
「み、道に、迷った……とか?」
声が震えている。ユージーンは俺達にまだ慣れていないようだ。
「バックレたんちゃう? また一発レイドして帰ろか?」
とマリオネットが提案した時だった、「あそこ」とスウが指をすっと前方に差した。
制服でうろうろする一人の男子高校生の姿。胸にはしなびたタンポポのような花を挿している。
「ねぇ、あなた! スケちゃん?」
いきなり大きい声を出したキャンディに皆ビクッとさせられると、その高校生は振り向いた。
ソフトウェーブの茶髪にピアス、いかにもチャラい形をした彼は満面の笑みでこちらへ向かって来る。
「あははー! みんなだー! すんません、公園でバラ探してたんっすよ」
「……。」
ぐうの音も出ない、とはこの時に使う言葉だっただろうか。
「やっぱりアホやなこいつ」とマリオネットが呟いた。
「あ、その言い方はもしかしてマリオネットさんっすか? それで、キャンディさんに、スウちゃん、それと……」
そう言ってひとりひとりに指差し確認をするユースケ。そこまでは正解だったのだが、問題はその次。
「ユージーンさんに、ナイトレイさんっすか?」
逆だった。
ナイトレイのところで、身を震わす亡霊ユージーンに指の先端がしっかりと向けられていた。
俺って、こんなイメージなのか……
やめてっ、やめてーっ!
「あっはっはっ、逆だ、逆」
マリオネットの返答にえっ、と戸惑うユースケ。
「これが、ユージーンさんっすか? マジっすか?」
これ、は失礼だろう、ユースケ……
「こ、こんにちは……」
両手を胸元に組み、声を絞り出すユージーン。
「あっはっはっー! ユージーンさん、超絶陰キャじゃないっすかぁ!」
超絶失礼だぞ、お前……
「どら焼き、いる?」
自由人に自由人で被せてくるこの自由奔放なメンバー達。
「あっはっ、どら焼きっすか? 何かめっちゃ似合ってるんすけど、キャンディさん。いるじゃないっすか、ほら、アニメの、何て言ったっけ、ドラm……」
さて、こやつの失礼が暴走する前に、「あの、カフェかどこかに移動しませんか?」と流れを変えた大人な俺。
「持ち込みありなら、ネカフェとかに行った方がいいかも。またレイド来るかもしれないし」
ナイス提案をしたスウには皆異論無し、以前のネカフェへ再訪することとなった。
その間、ユースケのおしゃべりは止まらない。スウ以外はギャップが激しすぎるとか、どこに住んでいるのか、何をしているのかとか、職質のようなウザイ問いかけが続いた。
キャンディは以前話していた通り、夫は単身赴任でほぼ帰らず。娘は保育士をしており独り暮らしをしているらしい。
マリオネットは関西出身、既婚歴なし、中年になってから自分探しの旅を始め、ここへ辿り着いたのだそうだ。
ユージーンは俺と同じ大学生、そしてスウは高校生であったが、彼女に限ってはあまり詳細を話したがらなかった。
すると御用達になりつつあるネカフェの看板が見え、到着すればグループ部屋を借りる。
そして会合はアホ……いや、天真爛漫のユースケが加わったことで盛り上がりを見せていた。
「お前よく高校入れたわなあ、もしやカンニングしとったんやないか?」
「ちょっとぉ、俺こう見えてもズルは嫌いなんすよ。でも感は良い方で、それで入れたのかも」
「博打打みたいなこと言いよる」
仲良し親子のようなマリオネットとユースケ。
「でも、どうして薔薇なんっすか?」
といきなり話題を変えたユースケ&その内容に、耳がキーンとする俺。
「言っとくがお前の胸にあるのは薔薇やないからな。それはタンポポか何かや」
「わかってますよぅ。僕だって薔薇くらい知ってるっす。ほら、男が女にプレゼントするじゃないっすか」
ユースケ、もういい、もう、やめてくれ……
「そう言やあ、ナイトレイはキャンディに渡さんかったな、薔薇」
そう言ってぎゃははっ、と笑うマリオネット。
「キャンディさんにっすか?」
もう、やめてくれ、みんな……
慌てて言い訳をすると墓穴を掘りかねない、俺は沈黙を貫いた。
「こ、恋心を抱いて……」
お前、性格悪いだろ、ユージーン……
「レイド来た」
「レイド来たぁーーー!」
スーに被せてきたユージーンは水を得た魚のように活き活きとし、拳を天に向かって突き上げ立ち上がった。
「うわっ、ユージーンさん、豹変じゃないっすか」
ユースケさえも引かせるユージーン。
「びっくりするでしょ」
いや、驚き度合いならあなたの初回の登場シーンが何よりも一番驚いたよ、キャンディ……
一行は段取りよく個室を借り、再び最高のチームワークでモブ討伐、したいところだが今回は足手纏いのユースケがいる。
それでも精一杯頑張る姿勢を見せるならまだしも、こやつはあろうことか俺へ個人的にメッセージを送って来たのだった。
ユージーン:スケスケよ、無理するな、ただ攻撃を交わすだけでいいから
スケスケ:(ナイトレイさんって、熟女好きなんすか?)
ちがーう!
スケスケ:(俺はスウちゃんがいい。彼氏、いるんっすかね)
そのハンドルネームでその発言は変態に近いぞ、気をつけろ。
ユージーン:おい、聞いているのか、スケスケっ!
スケスケ:あ、はいっ! すんません!
スケスケ:(ユージーンさんの豹変ぶりヤバくないっすか? サイコパスの気を感じるような)
注意されても奔放をやめないお前もまあまあのサイコパスだよ、とは言わず『勘違いだ。それより集中しろ』とだけ返信した。
だが戦闘中も懲りずにプライベートメッセージを送って来る学習能力のないユースケがウザすぎて、こちらも集中できない上、ついには俺までサイコパス、いや、ユージーンからお叱りを受けてしまった。
結果通常1時間ほどで倒せる筈のモブを2時間以上という倍の時間をかけ、オフ会解散、げっそりしながら別れを告げた。
夜も疾うに更け、街灯の薄明かりがぽつぽつとスポットライトのように道を照らしている。
帰り道はすこぶる寂しく、さあ、俺は一体何やってんだ、という自問自答したい気持ちが襲うも、あまりにも虚しくなってやめた。
寮生を起こさないようにそろそろと廊下を忍び足、自室のドアを開けベッドに横たわり、ふうっと一息ついた途端チャリーンと携帯のお知らせ音が鳴る。
『電光石火のモブアサシン隊』
というギルド名のついた、とあるSNSのオープンチャット。
ユースケはどうしても作りたいと言って聞かなかったこのグループチャットに早速『今日はお疲れ様でした! またオフ会やろうね!』とスケスケからのメッセージが入っていた。
スウ狙いかぁ、さあどうなるのかな……
と他者の恋路にかまけている俺は、若くしてオッサンマリオネットの仲間入りの予感。すっかり自分自身のロマンスのことは諦めていた。
そして俺の学生生活ほぼ最後と呼べるこの夏休みは、この恋のハンターに奪われたまま敢え無く終了した。
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