本編
【第一章:二】
一行はとあるカフェに移動、ソファに座る五人の顔は、お洒落な白熱灯にぼやっと照らされていた。
そんな中俺は時折、ズル、ズルとコーヒーをすすりながら、スウの帽子のSmashと書かれたロゴあたりを眺めていた。他は皆悪い意味でギャップが激し過ぎて、直視できないのだ。
「それにしてもユージーンには驚いたわねぇ、想像と全然違うんだもの」
「って、お前が言うかっ」
「っさいわねぇ、言っとくけどあんたも想像と違いましたからねっ、おじいっ!」
一触即発のキャンディとマリオネット。
レイド討伐では息の合った二人であったが、リアルではどうやら犬猿の仲となりそうだ。
このままどうなってしまうのか、オフ会を開いたのは俺であり、パンドラの箱を開けてしまった責任が多分にある。
スウは相変わらず黙々と携帯をいじり、ユージーンはその隣で背を丸くし、息を潜めていた。
ゲームの世界ではリーダー的存在だった彼、号令をかけ指示を出し、闘志に満ち溢れた勇敢なあのパラディン・ユージーンは見る影もない。
「ほら、どら焼きいる?」
ユージーンの目の前にどら焼きが差し出される。
「あ、あの、持ち込みはちょっと……」
「いいじゃないの、コーヒー買ったんだし」
俺の言うことを聞かず、どら焼きを配り始めるキャンディ。
「おお、中々うまいやないか」
「あなたわからずやだけど、味はわかるのねぇ、マリオネット。ここの駅ビルの地下にあるのよ美味しいお店が」
「美味」
「そうでしょう、スウちゃん。ほら、ユージーンも食べて、ナイトレイも」
公共の場でその名前を立て続けに呼ぶのは、やめてくれないかな、キャンディ……
「お……美味しいです」
とユージーンのリアクションに満足気なキャンディは、ラストの俺のリアクションを求めこちらを見る。
ここは波風立てず素直に従っておこうと包み紙を広げ、パクッと一口頬張った。
うん、うまい、うまいが、俺の心の傷はこれしきで癒えるほど浅くはない。
「それにしても大人しいなぁお前。ここの誰よりもオフ会を楽しみにしていた奴だと思っとったが」
その理由はだなマリオネット、あなたの隣に座っているオバハンのせいだと正直に言えば、俺はこのギルドから間違いなくBANされてしまうだろうさ。
だが、そもそもキャンディに非はなく、悪いのは俺の方なのだ。マリオネット同様、こんな『(*ฅ•̀ɷ•́ฅ*)ガォー』顔文字や、あんな『(๑>ڡ∂๑) テヘペロ』顔文字を巧みに使いこなせる人間など、きゃわゆい乙女女子しかいないと信じて疑わなかったのだから。
今よくよく考えれば確かに彼女の誤変換は多い上、カタカナが少なく、コメントの上がり方にもタイムラグが感じられた。
文字の入力慣れをしてない人間の典型、つまりそこからテクノロジーに疎い年齢層であるということを導き出さねばならなかったのだ。
ただ、話の流れでひとりもんだ、と聞いていた筈なのだが……
「あの、キャンディさんは、ひとりもんだと言ってたかと思うけど、娘さんがいたんですね」
「そうよ、うちには私ひとりなのよ。娘も出て行って、夫も単身赴任中。なーんにもすることがなくなって、このゲームに出会ったってわけ」
「っておい、どら焼き何個食うとんねん」
「っさい、マリオネットっ、もう、回復してやんないからねっ!」
まあまあ、と双方を宥めようとすると、スウが突然口を開いた。
「恋心、抱いてたんでしょ、キャンディに」
グフッ
「え、マジか。確かになぁ、俺かてかわゆい女子(おなご)を想像しとったがな」
「あらやだぁ、みんなったらぁ」
マリオネットの言葉にいじらしく反応するキャンディ。食べかけのどら焼きを片手に、両手で顔を覆っている。
それを5つ平らげても発動しなかった羞恥心を、ここに来て発動させるのか、君は。
「もしかしてその薔薇、あげる気だったんじゃぁ……」
ユージーン、君は臆病で言いたいことも言えないタイプなんだろ? どうしてそんなことを勇気振り絞って言う必要性があると思った? こいつらは寄って集って俺の傷心を抉りに来ているようだな。
そしてキャンディ、そんな潤った目で見つめないでくれ、そして頬を赤らめないでくれっ、俺が引き続き君にぞっこんLOVEしているみたいじゃないかっ!
「残念だな、既婚者だってよ。ちなみに俺は、独身だ」
マリオネットが立てた親指を自分に向け、ガハハッと高笑いした。
こいつら黙って聞いていれば口々に言いたいことを言いよって……
すると「レイド情報、入った」とスウが呟く。
「え、マジで? 今日はないと思っていたのだがっ」
ユージーンの声色が豹変、スウの携帯をガバッと覗き込んだ。
「どうする?」
スウは画面へ目を向けたまま聞く。
「私なら時間あるわよ、ほら、独り身だから」
ほらな、その言い回しが物事をややこしくさせるのだよ、キャンディ。
「それは俺のセリフだぜ、時間ならたっぷりあるさ」
男前に決めようとするなマリオネット、ただの暇人だろう。
「やりたいよなっ、なっ、やりたいよなっ、みんなっ!」
血眼のユージーン。
「ネカフェなら徒歩5分のところに小さいのが一か所、10分のところに大きいのが一か所」
スウが速攻で調べ上げると、皆そそくさと移動する準備を始めた。
ランダムに出現するモブは暇人無課金勢のお得物件。超レアアイテムドロップの可能性が高いのだ。
「さっそれではみんなっ、出陣だっ!」
ユージーンの張り上げた声に、周りでコーヒータイム中の客の視線が一斉に集中した。
「何系のモンスター?」「火のエレメント」「じゃあ武具は、氷や水のエレメントがいいな」などと語り合いながら、金曜夜の雑踏をすり抜け目的地を目指す。
するとやがて、『マンガ・インターネット・完全個室』と書かれた看板が目に入った。
「あそこだなっ、いざいかん!」
テンション冷めやらぬ、いや、むしろ増し増しになったユージーンを横目に、皆入店し手続きを済ませ、それぞれのパソコン部屋に入ってドアを閉めた。
ユージーン:さぁさぁ、かかってこんかーい!
ログインすればギルド酒場にアバターが出現、パラディンユージーンがその場でジャンプ、飛び蹴りをして『ウォーミングアップ』をしていた。
マリオネット:ほな、いこか
場所は洞窟内、地底にあるマグマの吹き溜まり。映像だけで熱を感じてしまうほどリアリティ溢れるグラフィック。
ギャオォーーー!
ヴォンヴォン
一行を待ち受けていたのは両翼を大きく広げた一角竜だった。もはや敵もテンション高めか、いきなり火炎噴射をお見舞いされる。
マリオネット:もろにくろたー
ナイトレイ:回復お願い!
ユージーン:みんなっ、気をつけるのだ!
キャンディ:はあい
スウ:敵は下降してくるはずだから、その時がチャンスかも
ユージーン:それじゃあ、私がおとりになってやろうじゃないかっ!
――そして死闘の末、遂にモブの討伐が成功した
へとへとで家に帰った時にはようやく、胸のバラがすっかり萎れていることに、気づいた。
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